各党の憲法をめぐる解釈の変遷について

(インタビューを受けても肝心な内容がほとんど記事にならないので自分で文字にしました。)

憲法九条を「文字通り」に読めば、そもそも自衛隊は憲法違反ではないのでしょうか?
かつてはそのような議論が沢山ありましたが、今、「自衛隊は憲法違反だから直ちに解散しろ!」という人はごく少数です。もしそのような人たちが多数なら、とっくにそういう人たちが支持する政党が与党になっています。

今回の法整備を「前代未聞の解釈改憲」であると非難する声がありますが、憲法九条の考え方に対する過去最大の「転換」は、戦力の不保持を定めた憲法を改正しないで行った、1954年の自衛隊創設です。
「陸海空軍、その他の戦力はこれを保持しない」というのを「自衛のための実力保持まで否定していない」として今日に至っています。(1954年12月、衆議院予算委員会で大村清一防衛庁長官答弁=鳩山内閣の統一見解)
現在は、自衛隊は我が国の平和と安全を守るために必要だと考えている国民が大多数ではないでしょうか。

各党の自衛隊や日米安保に関する見解は、時代によって大きく変わっています。

第90回帝国議会では、共産党が「自衛権を放棄して民族の独立を危うくする危険がある。我が党は民族独立の為にこの憲法に反対しなければならない。」として憲法九条(第二章戦争の放棄)に明確に反対しています。(第90回帝国議会衆議院議事速記録35号、昭和21年8月24日)

ちなみに反対討論を行った共産党の野坂参三氏は、反対演説の締めくくりに「この憲法が可決された後も将来修正について努力する権利を保留すべき」として将来の憲法改正にも言及しています。採決で反対票を投じた8名のうち2名は無所属、残りの6名は共産党の議員でした。(衆議院議事速記録添付)

村山富市先生も総理就任後、「自衛隊合憲、日米安保堅持」を明言し、社会党も追認しています。(当時の新聞コピー添付)

今までの政府見解では、集団的自衛権は「(国際法上)持っているが(憲法上は)使えない」という事でした。しかし安全保障環境の激変にともない、「自国を守るため」の集団的自衛権も(日米のイージス艦が共同して北朝鮮のミサイルに対処するように)観念できるようになり、これを限定的に抑制的に使えるようにするというのが今回の憲法解釈の変更です。

使えるからと言ってどんどん使うという意味ではありません。
例えて言えば、警察官はピストルを持っています。持っているからと言って、「やたらと撃たなければならない」というわけではありません。
しかし、「持っているけれど撃たない」というのと「撃てない」というのは天と地の差があります。警察官が銃を持ち、「万一の時には使える」という事は犯罪者に対する「抑止力」となることは明らかです。

日米安保によって戦争に巻き込まれるというのは、55年前にも45年前にもありました。明日にも戦争に巻き込まれるとしてデモで死者まで出して反対した日米安保条約によって60年近く、戦争に巻き込まれた事実はありません。
(当時の朝日新聞、毎日新聞の紙面より記事コピーを添付)

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